2019年9月29日日曜日

Wonder Woman by Greg Rucka Vol.1 感想

※Wonder Woman (1987-2006)の各シリーズの感想はこちらをご覧ください。

※このシリーズの各巻感想は以下をご覧ください。

Greg Rucka氏がライターを務める作品は大体面白いし、氏が書いたRebirth期Wonder Womanも面白かったし――というわけで、そのものずばりのタイトルの"Wonder Woman by Greg Rucka"という単行本のVol. 1を読んでみました。

【基本情報】
Writer: Greg Rucka
Artists: Ray Snyder, J.G. Jones, Drew Johnson, James Raiz, Sean Phillips, Shane Davis
Cover by: J.G. Jones
発行年 2016年 (連載されていたのは2002-3年頃)

公式サイトはこちら。


この単行本には"WONDER WOMAN: THE HIKETEIA"というタイトルのミニシリーズと、当時のWonder Woman誌で連載されていた#195-205話が収録されています。
単行本の前半に収録されているHIKETEIAという作品がまず格段に面白かったので、そちらの感想を書きます。後半に収録されているワンダーウーマンの前に様々な敵が登場する話はVol. 2へと続いていきますので、Vol. 2の方にまとめて感想を書きたいと思います。


"Hiketeia"とは耳慣れない単語ですが、古代ギリシアで行われていた「嘆願」の儀礼を表す言葉のようです。嘆願は一定の形式に則って行われます。嘆願を断らず、受け入れた者は嘆願者を保護しなければならないというしきたりがあります。
アマゾン族の大使としてアメリカで暮らしていたワンダーウーマン (Wonder Woman, Diana)でしたが、ある時Danielle Wellysという女性の嘆願を受け、彼女を保護します。実は彼女は連続殺人の罪でバットマン (Batman, Bruce Wayne)に追われる身であり、ワンダーウーマンはバットマンの手から彼女を守らなければならないのでした――というのがあらすじです。


劇中でも言及されるのですが、ギリシア悲劇を意識した話だと思います。登場人物たちがどう頑張ってもどう考えても、必ず最後は悲劇に行きつくギリシア悲劇。
そのギリシア悲劇の重要な登場人物である、復讐の女神たちがこの作品にも登場します。

果たしてダイアナはバットマンの手から彼女を守り続けることができるのか。復讐の女神たちの予言は実現するのか。そもそも彼女は本当に罪びとなのか。というのが、見所になる作品です。
決して長い作品ではないのですが、積み重ねられるエピソードで明らかになる事件の真相に心をえぐられるような気持ちになる作品です。

以下、ネタバレを含む感想です。核心部分までネタバレしています。


 

この作品のダイアナは、徹底してしきたりを守り、嘆願を行った彼女の庇護者として振舞います。現代に生きる読者から見ると少し奇妙に思えるほど、ダイアナは彼女を守り続けます。
ダイアナの行動がそこまで突拍子もないものには見えないのは、彼女がセミッシラ島で育ったアマゾン族の王女である――というバックグラウンドを読者が知っていることが大きいと思います。彼女は近代の法律というものから離れて育ったわけですし、保護を求めるものを助けるのは王族の務めでもあろう、と読者には推測できます。

一方のバットマンは、近代法の権化として登場します。バットマン自身が法律に則った存在ではない、という問題はさておき、連続殺人を犯した彼女を逮捕するためにバットマンは何度もダイアナの前に現れます。ダイアナはそのたびにバットマンを撃退します。

さらにこの物語に深みを与えるのが、復讐の女神たちの存在です。復讐の女神たちは常にじっとダイアナを見張り続け、彼女が嘆願者を守り続けることができるのかどうか監視を続けています。


さて。そもそもの問題として、嘆願者のDanielle Wellysは罪人なのでしょうか?
彼女が連続殺人を犯したのは確かですが、もとはといえば被害者たちが彼女の妹を殺したため。しかも、読めばお分かりの通り大変ひどい展開で彼女の妹は殺されています(※この展開、ギリシア悲劇を下敷きにしたスーパーヒーローものの作品に突然現代ならではの身近な恐怖が挿入された感覚があります)。

タイミングが少し違えば、バットマンが追っていたのは彼女に殺された被害者を追っていたはずですし、復讐の女神たちは彼らが殺されるようとりはからっていたはずです。もしかするとアマゾン族では、彼女がおかれた状況下で犯した罪はそれほど大きなものにはならないかもしれません。
それでも、現実には彼女はバットマンにも復讐の女神たちにも追われています。

ワンダーウーマンの庇護を得られたことは、彼女にとっては間違いなく救いでした。しかしだからといって開き直って生きていけるかというとそんなこともなく、ダイアナが彼女に親切にすればするだけ彼女は苦しい思いを抱えていくことになります。

最終的な結末を見ると、どこかでこの結末を防げたのではないかとも思ってしまいます。しかし同時に、どう転んでもこの結末だったのだろうな、だってギリシア悲劇だし――と思ってしまう、そんな作品でした。